渡辺知応慶国寺の渡辺知応です。
今回の記事は「疎遠だった親や兄弟が亡くなった場合、葬儀後の納骨をどのように考えたらよいのか」についてお話しします。
葬儀や納骨のご相談を受ける中で、実は少なくないのが「長い間疎遠だった家族が亡くなった」というケースです。
突然の訃報に戸惑いながら葬儀には関わったものの、遺骨をどうするかとなると気持ちが追いつかず、誰にも相談できないまま悩んでいる方もいらっしゃいます。
この記事では、そうした状況を責めたり、正解を押し付けたりすることなく、考え方の整理をするための視点をお伝えします。
関係性の悩み以外にも、生活環境や心身の状態が影響することがあります。事情別に整理したまとめ記事もあります。
→ 葬儀後の納骨に迷う方へ|遺骨を家に持って帰れない理由まとめ
疎遠だった家族が亡くなったときに起こりやすい戸惑い
長年連絡を取っていなかった親や兄弟が亡くなると、悲しみよりも先に戸惑いが大きくなることがあります。
- 突然「喪主」や「遺骨の引き取り」を求められる
- 気持ちの整理がつかないまま葬儀が終わってしまう
- 遺骨を家に迎える覚悟ができていない
こうした感情は、とても自然なものです。



悲しみの深さや向き合い方は、人それぞれ違っていて当然だと思っています。
遺骨を家に持って帰れないのは、冷たい判断ではありません
疎遠だった関係だからこそ、遺骨を自宅に安置することに強い抵抗を感じる方もいます。
- 気持ちの距離がそのまま残っている
- 家族や同居人に説明できない
- 生活の中で受け止めきれない
このような理由から「家に持って帰れない」と感じることは、決して冷たい判断ではありません。
むしろ、自分の正直な心の状態をきちんと見つめている結果だといえます。
葬儀と納骨の間で、無理に答えを出す必要はありません
「引き取らなければならないのではないか」
「納骨まで責任を持たなければならないのではないか」
そう思ってしまう方も多いですが、葬儀と納骨は必ずしも同時に決断しなければならないものではありません。
納骨には期限があるわけではなく、気持ちが整わないまま決めてしまうことで、後悔が残ることもあります。



判断できない時期があること自体を、どうか否定しないでください。
疎遠な関係だからこそ「時間を置く」という選択
実際には、疎遠だった親族が亡くなった場合、すぐに納骨先を決めず、一定期間お寺に遺骨を預ける方もいらっしゃいます。
これは責任を放棄する行為ではなく、
「向き合える状態になるまで時間を取る」という一つの選択です。
お寺でご供養を続けながら預かることで、
少しずつ心の整理が進み、その後の納骨について冷静に考えられるようになる方も少なくありません。
最終的な供養の形は、一つではありません
時間を置いた結果として選ばれる供養の形も、さまざまです。
- 永代供養としてお寺に託す
- 合祀という形でまとめて供養する
- 必要最低限の関わり方を選ぶ
大切なのは、「十分だったかどうか」ではなく、
「自分なりに納得できたかどうか」です。
慶国寺では、事情や関係性を一つひとつ伺いながら、無理のない形を一緒に考えることを大切にしています。
まとめ|距離があったからこそ、無理をしない供養を
疎遠だった親や兄弟が亡くなった場合、葬儀後の納骨に迷いが生じるのは自然なことです。
家に遺骨を持って帰れない事情があっても、供養の道が閉ざされるわけではありません。
今の自分が向き合える形を選び、必要であれば時間を置く。
それもまた、大切な供養の一つだと私は考えています。
供養は義務ではなく、心を整えるための時間でもあります。
無理のない選択を大切にしてください。



【吹き出し|渡辺知応】
疎遠という関係性だけでなく、複数の事情が重なって悩まれる方も少なくありません。全体を整理した記事もありますので、必要なところだけ読んでいただければ大丈夫です。
→ 葬儀後の納骨に迷う方へ|遺骨を家に持って帰れない理由まとめ
関係性の整理がつかず、
すぐに納骨について判断できない場合もあります。
そのような時、
無理に結論を出さず、ご供養を続けながら考えるための方法として、
遺骨を一定期間お預かりする選択をされる方もいます。
必要な方のために、制度の内容はこちらにまとめています。
→ 遺骨一時預けについて
疎遠だった親族の供養について、
無理をせず距離感を保ちながら向き合う考え方を整理した記事もあります。
→ 疎遠な親族の供養はどう考えるか|無理をしない関わり方










